,成長,文化,生活

今回はお母さんとお父さんがそろって育児をするということについてお話ししたいと思います。我が家は娘が3人います。今振り返ると3人授かって・・・バタバタ、ドタドタ、アタフタという状態ですが、楽しかったなぁと心から思えます。

長女が生まれた時は何をしていいのか全く分からず、始めておしめの交換を一人でした時には、どうすればいいのだろう?あ~どうしよう、どういう風に固定すればいいのか?こんなにきつく縛ると苦しがるかな?とてんやわんやの状態であったことを思い出します。ミルクを作る時も粉ミルクを入れすぎたり、何杯入れたか分からなくなったり、お湯が熱すぎたり、冷たくて飲んでくれなかったりと失敗ばかりしていました。飲み終えた後、洗って食器乾燥機に入れておくと・・・この液の中に浸けて消毒してとひと手間増えたり、煮沸消毒しなくていいのかな?と悩んだことも覚えています。何故泣いているのかが分からなくて・・・何かな?おしめ?お腹が空いた?抱き上げて欲しい?何だろう・・・何だろうと考えた末に分かったことは、部屋が寒いので泣いていたということもありました。一事が万事、こんな感じでした。とても人見知りが強くてなかなか人に馴染まず、母方のおじいちゃんに会う時は泣き叫んで、ほとんど抱っこされなかったこともありました。

この長女が6歳になった時に下に妹が生まれました。なんとその妹が双子だったので、一度に3児の父親となりました。さあ!てんやわんやでした。本当にてんやわんやで残業の途中で事務処理の手を止めて、上司に許可をもらい一旦家に帰って妻と協力してお風呂に入れて、お茶をちょっと飲んで会社にとんぼ返りということもしばしば。夜中に二人がバラバラに泣いたり、『同時に寝て、同時に起きてくれないかなと思ったこともしばしば』でも、そんなマシーンのようなことはありえません。1人が泣いてやっと泣き止んで、「さあ寝よう。」思ったらもう一人が泣いてやっと泣き止んで・・・これを一晩ずっと繰り返して、それが幾晩も続くということがありました。ある時、合掌して二人の寝顔に向かって「お願いだから今晩は一緒に寝てください。」と拝んだこともありました。

健康,,成長,生長,農業

今回は水についてお話ししたいと思います。

今朝は雨がしとしと降っていました。恵みの雨ですね!農作業をコツコツ続けているのですが、この水のありがたみを痛感しているところです。土を耕して畝を作り、作物の苗を定植したり、種をまいたりしてその上に水をあげます。この時にもしも農業用水が引かれていなければ水をかけてあげるのも一苦労です。水があって植物は根を出し、芽を出し、根を張って生長し野菜や果物を実らせます。水がなければ生長を促すことができません。大切なものなのだなぁ~と農業をしているとつくづく感じます。

飲み水もとても大事で水がなければ体温の調節もできなければ、食べ物を美味しく食べることもできず生きていくこともままならない状態となり、命に直結する存在だなぁとつくづく感じています。

また水という物質の存在で思うことは・・・何か事をなしたいと思った時に必死になってしまってカチカチに固まってこれでなければならないとばかりに脇目も振らずに物事にコツコツ!努力が一番とやるタイプの人はそれではなかなか事が成就しないということもだんだんと自分がそのような性質があるので理解できました。反対にこれをしようということもなくフラフラ、クニャクニャというのも自分の性分ではないなと感じることもあります。こんな時に水の存在がパッと浮かびます。

とても大事な事と思うのですが、水のような存在はその業務(入れ物)によって自分の形も変えられるし、植物に芽を出させて生長を支えるように人間を潤わせて生命を育んでくれる水はすごいなぁ、変幻自在な水のように物事にあたることができればこんなにすごいことはないなぁとフッと思う時があります。